はじめての治験 2003年6月        

治験の決断まで


「どうですか 一度 治験に参加してみませんか」
主治医の先生から治験に参加する意志を聞かれたのはこれで3度目。
今回ふと、「参加してみよう」という気になったのにはそれなりの訳がある。

●治験薬が抗リウマチ薬(DMARDs)のほうでなく、鎮痛消炎剤(NSAIDs)だということ。
薬が効いても、効かなくても治験期間だけですむではないか。
●リウマチも安定しているし。
:決して病状が納まっているいるわけでない。ここ数年CRP5を行ったり来たり、ずっと悪い方に安定している。
このまま車イス生活?という不安の中、いわばやぶれかぶれ。
●治験に参加するのも患者の義務かも
社会的義務というより、Drに対する義務?
長い付き合いの病気だから、一度くらいはDrに協力しておこう、という下心。
●そして何より、物好きという名の持病のせい。
何でも体験しなくては解らない。そうだ、やってみよう。やってみなければ何も始まらない。

5月の診察日から始める予定だったが、5月末の金沢行きを話したら、6月から、ということになつた。金沢から帰ってきて病院に行った。
いよいよはじめての治験参加。

治験のプロセス


診察室でもう一度意志を確認されて、書類にサインをする。治験の詳しい経過は先月説明を受けたが、更に、種々の自覚症状が出たり、リウマチが悪化した場合など、自分の都合で中断することも出来ることを告げられた。
治験の正式名称は「YM974 第U相試験-関節リウマチ-」で患者400人のを対象としている。

治験の期間中は、検査や診察代と患者が服用している他のリウマチ治療薬の費用は治験をする製薬会社が負担する
協力費という名目で患者にも謝礼が出る。今回は1回の診療につき1万円だが、治験の間の診療回数をかけると馬鹿に出来ない金額で、いい加減の治験参加は出来ない、という気にもなる。特に私のようなアバウト患者には相当なプレッシャーである。
実際に振り込まれるのは治験のプログラムがすべて終了したあと、ということだった。

治験のためにもう一度、採血、採尿があり、他に心電図をとり、現在の詳しい体調を訊かれた。
採便もあったがこれは自宅持ち帰りの宿題。
内科医で、日ごろあまり触診をしない先生だが、関節ひとつひとつを丁寧に調べられた。
患者相手というより、「実験個体を診ているナ」と感じたのは私のひがみ?

期 間 服用薬 診察・検査  
開始前
1週目 イププロフェン  治験参加者は、今まで飲んでいた消炎鎮痛剤を止めてこれを飲む
2週目 イププロフェン
3週目 YM974  6週間の間、治験薬YM974を服用する。2週間毎に病院へ行って血液、尿検査、問診をする。検便の用具は家へ持ち帰って、自分で投函する。
4週目 YM974
5週目 YM974
6週目 YM974
7週目 YM974
8週目 YM974
           YM974:今回の治験薬のナンバー

薬を続けたい


実はこの薬、私にはとてもよく効いた。先生もこんなわかり易い結果は珍しい、と言われた程であった。同じ治験を始めた患者さんは、全然効かないのでつらくてしょうがないとさえ言っていた。

治験の結果が良かったので、何とかこの薬を持続して使ってみたいと思いはじめたのは当然の成り行きだった。
治験薬の薬品名は記号をつけられていて、具体的な名前は聞いてなかったが、
病院で聞いたら、valdecoxib, ファイザー製薬から出ているBEXTRAという商品だった。
リウマチ関係のBBSで、同じ患者さんの意見もいくつか頂いた。
そしてDrの方から製薬会社に問い合わせてもらったが、返事はNO。


それではと、アメリカのオンラインのドラッグストアに会員登録してから、改めてメールで質問した。
英語サイトは今まで見るだけで、こんなに積極的に動いたのは初めてだった。
ちゃんと返事が来たが、アメリカ在住でアメリカの医師の処方箋が必要、というすげない返事だった。オーストラリアで医療関係の仕事をしているメル友にも相談したが、やはり簡単には入手できないらしい。

ネット上でいろいろ調べたり、比較したりしていくうちに、日本では未認可でも、すでに外国で普及しているNSAIDsについておぼろげながら解ってきた。

私が治験を受けたBextraは、アメリカでも最新の治療薬であること。
入手困難なのは仕方ないのかもしれない。
よく似た薬で比較的普及しているCelebrexという薬があるが、これなら処方箋なしで入手出来そうだった。
製薬会社も同じで、新世代NSAIDsと呼ばれ、副作用に関する注意書きもほとんど変わっていない。
Bextraは一日一回の服用だが、Celebrexはリウマチ患者の場合は一日二回の服用になる。
すでに日本での治験が済んで認可待ち、との情報を得た。それでも認可は2年ぐらい先らしい。
中身は違うのかも知れないが、患者の私としては効能が同じなら是非にも試してみたい薬だった。
資料 <CelebrexとBextraについて>

両方とも、治験終了後は日本人向きの製剤となって、数年後に認可される予定と聞いている。

代替品の購入


購入は日本の輸入代行業者を通じて買うことにした。ニュージーランドからの輸入である。
日本語で発注出来て、しかも価格はアメリカのオンラインショップの半額以下。
(英語サイトでの激安ショップがあるにはあった。なんと、インドのサイトだった。)
ただここで気になったのは、代金先払い、という点だった。
個人のウェブサイトであるこの業者の信用度はまったく不明、もしこれが悪徳業者であったとしても、泣き寝入りしかない。
だが待てよ、治験の謝礼金が入る見込みがある。
そうだ、これでリスクカバーが出来る。謝礼の使い道としてはこれ以上のものはない。
頭の中であちらとこちらが握手した。
治験薬が終わるのはもう間もなくである。 もとの薬に戻りたくない、あのつらい症状はもうたくさん。どうせ治験期間中だけのことだから、と思って始めた治験だが、自分でも思わぬ結果になってしまった。

これはもう一種のヤクチュウ??。でもリウマチ患者はみな薬依存症
ではあるよね。
ともあれ決断をして口座に振り込んだ。

納期は2週間ということだったが発注してから10日ほど、粗末なダンボールの箱に入ってポストに入っていた。
確かにNZから送って来ているが、よく見るとオーストラリア製である。
AUでは薬の輸出のチェックが厳しいという話を聞いたから、そのせいでNZ経由なのだろうか。
これはただの推測だけど。
とにかく現物が届いのでひと安心。

治験薬の中身は?

Drにも許可を得て服用を開始した。
以前講演で、「これからは自分で薬を選ぶ時代です」と言ってた先生だから
服用することを告げたら、取りあえずイヤな顔はされなかったのは救いだった。
Celebrexについては治験の経験もあるようだった。
ただ、未認可薬は日本の薬害の救済対象にならないということを再度説明された。

実はここで肝心なことが抜けている。
治験薬では患者に投与する薬の量は同一ではない。
Bextraの場合、20mg, 10mg, 5mg, 0mgの4通りになる。0mgというのはプラセボといって、謂わばにせ薬。治験中、自分がどの量を飲んでいるかは知らされず、Drも全ての治験が終了してからしか解らない。だから、私が飲んでいたのもプラセボかも知れないではないか。

そういう意味で、治験薬20mgに相当するCelebrexの量、100mg2回の服用は確率でいえば25%の冒険と言える。
ま、いいか、やるっきゃない。

ずっと若い昔、私は「石橋を叩いても渡らない」と言われた。
三度目の出産が予定外の双子で、3歳半、1歳半、新生児が2人という4人の子持ちとなり、しかも孤立無援の東京での核家族。
そんな人生最大のピンチを切り抜けて以来、私は「木の橋を叩きながら走るひと」に変わった。
そして運悪くリウマチを得て20年、いま私は、「つり橋を目をつむって走りぬけよう」としているのかもしれない。


治験の参加の功罪


ともあれ、薬の効果はBextraの?mgと遜色はなかった。
おかげで私はその後、思いがけず遠くアラスカにも行けたし、絵画のグループ展にも出品出来たし、QOLは治験以前よりアップしたことは間違いない。
れを治験参加のたまもの、と言わずして何であろう。
自分の治療に対して積極的になったことも実感している。
リウマチの治療を始めた頃、当時の主治医に何も言えなかったころと較べると大変な進化である。
病状の進化に押されてやむなく、という厳しい現実もあるけれど。



さて、数ヶ月先に分るという、私の治験薬の実際の分量はどれだったのか。

もし、プラセボだったら???
さすがの私にも 内心かすかな不安がある。


2005年5月現在

アメリカの食品衛生局は、危険な副作用が見つかったとして、COX2インヒビターというタイプの
鎮痛剤に警告を出している
マーケットからはVIOXX、続いて私が治験を受けたBEXTRAが姿を消した。
これで、この薬が日本の市場に登場することは絶望的になった。
私は現在、新薬アラバのおかげで、個人輸入のセレブレックスもめったに使っていないが、これも何時か入手できなくなるかも知れない。
同じ個人輸入の業者に注文しているのに、発送元がニュージーランドから、プエルトリコに変わった
最後に入手した箱を改めて見たら新たな発見があった。
「POISON-毒薬」と赤く印字されており、製造元もAUTからHKに変わっている。

治験は決して安全とは言えないし、誰にでも薦められるものではない。
でも私はこの治験のおかげで、リウマチの鎮痛剤についての知識を広く得るきっかけを得たし、新薬の開発と言う壮大なギャンブルを垣間見ることが出来た。
”自己責任”の言葉は重いが、日本で許可されていない薬を使うことによって、外国の薬の状況に敏感になった。
この年令になって治験を決意したことは、とても貴重な体験になった、と思う。