入院レポート 「人工膝関節手術」
2001年6月〜7月


手術までの経過

左肘の手術から一年もたっていないというのに、今度は膝の調子が悪い。
左脚がO脚になって歩くとき身体がゆれる、10分歩くのが精一杯、という有様。
X線で見ると関節の軟骨はほとんど無く、骨の一部がすれあってギザギザになっている。痛いハズ!
整形外科の先生から、「充分に手術時です」と宣告された。主治医のリウマチ内科の先生からも、「手術のタイミングは大切ですよ」といわれた。毎年手術をするなんて・・・抵抗感は充分あった。
が、現実は避けて通れない。手術を延期する理由も特に見当たらない。故に、もはや他の選択肢は無い!!
そんな風に自分を納得させた。土俵際の決断は早いほう (カナ?)

手術に必要な800mlの血液は、自分の血液でまかなうのが基本。
そのため400mlずつ2週に分けて採血に通った。
手術の時期については下記をごらんください

入 院

手術3日前に入院。
入院した病院は昨年肘の手術をしたM病院。我が家から1時間以上の遠距離だが、リウマチの手術では定評があり、何より昨年の体験から迷わず又お世話になることした。
血液、X線検査、麻酔への適応や、術後のリハビリのための準備、執刀医から本人と家族へ手術の説明などなど。人工関節の見本を持ってみて、その重さに驚いた。実際に膝に入れて使う段階ではこの300g(!)の重さは感じないそうだ。

入院のリピーターというものは、観光旅行と違って何となく気がひける。看護婦さんの顔ぶれも1年前と同じで、なつかしいけど恥ずかしい。だが、入院して他の患者さんに聞いてみると2回目、3回目の入院患者は他にも沢山居た。患者も病院も、お互いに分っているだけスムースにいくことも多いというもの。私もだんだん病院なれしてくる。不本意ながら・・・。

手術当日(2001.6.7)

膝の手術は脊椎からの下半身麻酔て゛行われる。希望をして睡眠状態で手術を受けたので、本人には手術中の記憶はない。
私は肘の手術のときは骨折したりして3時間以上かかったが、足の骨はシッカリしていたそうで、手術の時間は、経験豊富な先生方によって正味1時間余りということだった。

手術が終わって移動ベッドへ移されるとき、「重いッ」と先生が叫んだ。それで目がさめたらしい。確かに見かけよりは中身のつまっている私だが、体重は正直に自己申告したはず・・・
そんなことを考えるくらい、余裕のある覚醒だった。脊椎麻酔の管から、痛み止めを入れると聞いていたが、確かに手術した左足の痛みはない。目の奥が少し重い感じは麻酔の影響だろうか。

ただひとつ、腰骨の一点だけが痛い。身体をひねって動かす度に、心電図を取っている胸のコードが外れて心電図が直線になり、ナースコールが鳴る。看護婦が飛んでくる。さすがに3〜4回くり返したら、誰も飛んでこなくなった。
「心臓が止まっているのに誰もきてくれないのね」と言ったら、「血圧と脈拍が正常だったから大丈夫」と看護婦に切り返された。
そんな冗談を言うのが申し訳ないほど看護婦さんは忙しい。そして、いくら忙しくても患者にはにこやかに対応する。仕事上とはいえ、エライっ。入院のたびに感謝しています。座薬をいれてもらったら、痛みはスッと消えた。

術後の患者のベッドの周りはとても賑やか。
心電図、血圧、脈拍を自動的に測っている道具。自己血や、抗生剤のの点滴、腰椎から痛み止めを注入している管。手術部位からの出血を受けているドレン、そして排尿管。足の裏を常時刺激しているフイゴのような器械。これは結構うるさくて睡眠を妨げたが、血栓予防のためになるんだとか。短時間だったが、顔には酸素吸入がついていたような気もする。

こんな風に万全を期して術後の身体が守られているわけで、ありがたいことこの上ないが、マニュアル通りやってんだから落ち度はないよ、と最先端医学が言っているようにも思えるのは私のヒガミか。

動脈瘤の手術を受けた父が、これら諸々の管をを引きちぎるようにして、無理矢理自宅に帰ってきたのを思い出す。手術は成功したのに、と医者は激怒したと聞くが、結果的にはどうせ助からない命だった。自分の意思を押し通した父の行動は、あれは遺言だったろうか。
そんな時しか思い出さない親不孝な娘だけど、とにかくその夜はバク睡。

術後一週間

術後何日間かクリーンルームという病室に置かれる。寝巻きもタオルも、身に着けるもの、さわるもの、みな消毒済みの物を使う。抗生剤の点滴・服用等、手術箇所の感染を防ぐためにいろんな処置がされる。看護婦さんもしごく優しく親身である。ああ、私は病気なんだ、とあらためて自分をいたわる気分になるから不思議。

3日目から開放病室になり、リハビリが始まる。リハビリで関節を屈伸した後は関節がとてもだるくて重い。歩行訓練は車椅子から歩行器へ、そして平行棒の間を歩く練習へと、移る。
腰がふらつく、身体がゆれる、あちこちの関節が痛いよゥ。だがリハビリは待ったなしでどんどん進む。
おかげで順調に関節が曲がってきたので、エアロバイク(自転車こぎ)も出来るようになった。

2週間目

術後2週間くらいはいろいろ足の不快感に悩まされる。自分の足に体重をかけて歩いた後は足がジンジンする。重い感じが夜まであってなかなか寝られない。手術した足のほうが数センチ長いような気がする。筋肉がついてくればこの違和感はなくなるという話だが、信じられない。

医者も看護婦も訴えをまともに受け止めてくれない。人工関節がうまくいってないんじゃないか、私は本当に歩けるようになるのかしら。
こんな悩みは、同じ手術を受けた先輩患者との会話ですぐに解消した。膝の一部に感覚が鈍いところがあったが、これも皆同じだった。
同じでないのはリハビリの進み具合。
手術の時期、年齢、体力、などそれぞれの事情によって異なってくる。でもあせることはない。
経過に個人差はあっても、入念なリハビリの結果、ほとんどの人が日常生活に支障がないまでに回復している。
手術は早いに越したことはないが、人工関節の平均寿命(15年〜20年)を考えるとあまり急ぎたくないのが人情で、誰しも迷うところ。

私も長生きすれば再手術ということも考えられる。
どうか、わたしが生きている間はこの関節が持ちこたえますように。そして長生きもできますように。この矛盾した願いに、神はどんな答を出されるだろうか。

3週間目

歩行器の次は杖を使っての歩行訓練、ということになるが、私は手に体重をかけるだけの力がないので、すぐ、「独歩」(器具を使わないで自力で歩く)に移った。手すりのある長い廊下や、患者のいない外来待合室のソファの間を暇を見つけて歩くトレーニングする。
歩くのは何十年もやってきたから、勘がもどるのは早い。歩いているうちに必要な筋力も戻って来たのだろうか、徐々に身体のゆれもなくなった。

関節への負担を軽くしたいと思って、入院中にダイエットを試みた。
実は去年の入院中も試みたが失敗している。失敗の原因はお見舞いのおすそ分けにあった。今度はおなじ部屋の人と共同戦線をはった。
病院食意外、間食は食べない、ご飯は半分量だけにする。これだけで入院中3キロ減量できた。退院後これが継続できればいいんだけど。とかく世間は誘惑が多い。もちろん誘惑されるのも好きだし。

外出許可をもらって、駅前の美容院へ。美容院の人が車で送り迎えをしてくれた。外国旅行でも、知らない町の美容院に入るのは私の楽しみだか゛、入院中の美容院もなかなかで、気分転換にもってこい。

4週間目〜退院(2001.7.7)

自信がついたので、15分位の距離にあるスーパーまでこっそり出かけて買い物をした。この"コッソリ"が実は入院中の楽しみのひとつ。久しぶりに歩いてみて、手術したヒザは大丈夫だったが、それ以外の関節で、あちこち不安な箇所が出てくる。リウマチの語源はギリシャ語で、(痛みが)流れるという意味らしい。わが流れもなかなか止まってくれそうにない。

膝の術後の治療はほとんど済んで、この週はリハビリのためだけに入院しているようなもの。折角だからエアロバイクを使って朝夕、自主練習にはげんだ。足首が悪いので、筋力トレーニングにはこれ。

膝は、リハビリの先生が無理矢理曲げての状態で一瞬、かかとがお尻にタッチするくらいになった。
20cmの台に座り、立ち上がることも出来る。(ドッコイショ!!)
この高さなら、普通の浴場の椅子にも座れるし、腰をかけて草とりもできる。

本当は5週間の入院予定だったが、経過もよく、手術待機の患者も大勢いるということで、手術から1ヶ月で退院となった。退院にもお日柄というものがあるらしく、大安とか友引にこだわる人がここでは多い。
私のお日柄は、もっぱら迎えに来てくれる人の都合次第。
自分の退院の日は、世界中が大安吉日だと信じている人間だから世話はない。 でも、退院は7月7日の七夕の日になったのはちょっと気になる。
1年後にまたまた入院、ということだけは勘弁して欲しい。

退院後1ヶ月

退院後1ヶ月たった。
遠距離なのでその後リハビリには通っていない。自分でも屈伸をするようにと言われているが、自分でするのは限りがあるというもの。月日と共にだんだんおろそかになる。
病院の1ヶ月検診で同じ頃手術した人に会った。入院中曲がりが悪く退院後も週3回リハビリに来ているということだった。だが、今や、私よりらくらくと膝が折れるようになっている。正座ができるまでリハビリを続けるということだった。イソップ物語のウサギとカメ、なんと私はあのウサギの立場になった。自分はカメのタイプだとずっと思っていたのに・・・

膝を折るとき縫合したところが、時々思い出したように突っぱるが、それ以外は順調。
ヒザの上下にわたって大きなファスナーのような手術跡(21針、約20cm)。そしていささか大きくなったヒザ。手術後の赤みが薄れるにはちょっと時間がかかる。だが、膝の痛みが無くなって、O脚になってたのが真っ直ぐに戻ったのはうれしい。

手術前あれこれと余計な心配をしたことなどは、勝手なもので今から思えば幻のように実感が無い。


手術のタイミング

手術のことをインターネットでいろいろ検索していた時、病院関係のいくつかのサイトで参考になるアドバイスを見つけました。手術の時期で悩んでいる人の参考になればと思います。


その@
問題は、薬物による内科治療から外科治療に踏み切る時期の見極め。厚生省研究班が作成した診察・治療マニュアルでは、膝の関節・軟骨がなくなり、膝の上下の骨がこすれあって破壊され、関節が曲がるなどの変形が現れた場合、人工関節の適応となるとされている。
 しかし、かかりつけ医がきちんと時期を見極められないと、患者に無用な痛みを強いる可能性もある。「リウマチ治療は内科と整形外科の連携が欠かせない」。

そのA
人工関節の手術の適切な時期については、よく論議されますが、非常に多くの要素が絡んできますので、一般的に述べることは控えます。
そこで、やや手遅れになった状態での手術結果がどんなものかを説明いたします。
関節の破壊が進行してしまった後でも、それなりの対処はできますが、手術が複雑になり、術後の機能の回復に時間がかかります。機能の回復も多くを望めなくなります。それに、適切な時期に行うことと比べると、骨の量が低下しており人工関節の骨への接着固定に不安を抱えることになってしまいます。
もう一つ、申し上げておきたいことがあります。それは、一つの関節の障害が、他の関節に影響するということです。たとえば、ある関節の具合が悪いために、他の関節の力を借りるとします。その結果、借りた関節も傷めてしまうことになりかねません。


おわり