ソルトスプリング島へ.
ほぼ1年前にカナダを訪れたとき、バンクーバーからビクトリアに移動するために水上飛行機乗ったことがある。深い藍色のジョージア海峡の上を飛んだのだが、その海に浮かぶ小さな島々は静かで、神秘的にすら見えた。あんなところでどんな人がどういう暮らしをしているのだろうか。そのとき何かとても惹かれるものを感じた。
そして1年、南ガルフ諸島で一番大きな島、ソルトスプリング島のイメージが私の頭の中で次第に大きくなっていき、ついに今回の渡航となった。
多くの芸術家が移り住んでおり、オーガニック農業が盛んで、チーズやワインも出来るという北アメリカ大陸の隠れたパラダイス。そして日本ではあまり知られていないことにも食指が動いた。
と言うわけで、あれからほぼ一年後の9月2日、夫と二人、ビクトリア空港でチャーターしたレンタカーと共にスワルツ・ベイのフェリー乗り場へ行った。美しい都ビクトリアで三日間過ごした後、いよいよ憧れの島への出発。(ちなみに運転とガイドはすべて私、荷物とお財布は夫の分担です)
日本国内でもフェリーに乗ったことがない私としては、手順も何も分からないまま、案内板の指し示すレーンに入って行った。途中にチケットブースがあった。 「予約はありません」と言ってクレジットカードを差し出すと、ホイホイと乗船券を渡された。そのままズルズルッと進んで行くだけで、何故かもう船に乗り込んでしまっていた。
時刻や料金は確認してあったが、どのように乗船するのか、不安を感じていた私としては心の中で「ピース!!」と叫んだ。 あんまり簡単なので、どこにも乗り方なんて書いてあるはずがなかったのだ。
|
ソルトスプリング島のフルホード・ハーバーで下船するや否や、車列はまっしぐらに島の中心地ガンジスに向かった。 ここでは今日、島の名物土曜市が開かれている。
花、野菜、チーズ、ワイン、ケーキなどの他に地元の工房からも色々出店されている。木工、染色、ニット製品、ハーブ、石鹸、その他何のジャンルか分からないアートが並んでいる。海草を貼り付けたアートにも興味が湧いたが結構高い。結局オーガニック野菜のテントで、トマト、ジャガイモ、ズッキーニなどを買った。また、きのこの店で採りたての黄色のキノコを買った。

この店の主は注文を受けてから、キノコをひとつずつ、さも愛しそうにぺティナイフを使って石づきを取り、汚れを払って紙袋に入れる。みんなこの作業を黙って見ながら順番を待っている。列は段々長くなってくる。 並びながら私は一生懸命考えた。
「汚れは自分で取るからその分、目方とお値段をまけてね」と英語でどういうのだろう?答えが浮かばないまま順番が来てしまった。仕方なく前に倣えで、数分間彼の作業を見守る羽目になった。
スローライフを楽しみに来たこの島で、こんなことであれこれ考えた私を、今は恥かしいけれど。
客の一人が「日本人?ツアー旅行?」と興味深げに聞いてきた。「個人旅行です」と答えたら、「Excellent!!」(それは、けっこう!!)相手はにっこり笑った。上陸して最初に立ち寄ったこのマーケットで、私は島で7日間暮らすための洗礼を受けたような気がした。
|
予約したB&B”MONIVEA”はマーケットの会場の広場から車で数分の距離。表通りに面した斜面に建った3階建ての民家で、私たちの部屋は北向きの半地下。少し暗いが、アンティークの家具が置かれたヨーロッパ調の落ち着いた部屋だった。
オーナーのウェンディーとジョンもアーテイストで、斜面を生かした英国風の美しい庭も含めて全体にとてもセンスの良い、掃除の行き届いた家だった。 B&Bは朝食つきの民宿のようなもので、私たちもどんな食事が出るのか、毎朝楽しみだった。
季節がら果物はベリー類が多くラズベリー・ブラックベリーなどは裏の菜園で育ってたもの。
ブラックベリーは島中至るところに茂っていてタダみたいなものだが、やはり栽培した物は大きさも甘さも断然美味しい。 朝食の場所も毎朝変わって、ある日の朝は赤く色づいたチェリー・プラムの樹の下で焚き火風のストーブのサービスつき、次の朝は朝日の差し込むサンデッキで遥かに海峡が光るのを 見ながら、またある日は”パーゴラ”と名づけられた中2階の居心地の良いリビングで音楽を聴きながら、と言う風に。
昼は外食、夜は家で調理することが多かったが、野菜類は滋味深い味で、果物は小ぶりで酸味が強いが香りも良く、美味しかった。マーケットで買ったキノコは炒めてサーモンムニエルの付け合せ、ラタトィユにしたり、味噌煮込みうどんに入れたり、とてもいいだしが出た。
|
島の自然 は緑が多く、海岸線が近いという点でどこか日本の伊豆を小さくしたような親しみやすい風景。 ロッキーのようなダイナミックな山容も無ければ、ヴィクトリアにあるようなうっとりするほどお洒落な高級住宅街もない。車を停めてビーチへ下りてゆくと、静かな磯に遊ぶ海鳥と、青い海を行きかう白い船が見えるだけ。
たまに犬の散歩に来た人、子どもを遊ばせに来てる親子に会うくらいだった。
その中でラックルパークは規模も大きく、磯づたいの長い散歩道が整備されていて、キャンプ場もある。車はキャンプ地のある海岸手前で駐車しなければならないが、荷物を運ぶ為のカラフルな手押し車がある。 夏休みの終り近く、若者のグループも多かったが、音楽を鳴らすことも無く、携帯を使う人も居ず、ゆったり落ち着いた雰囲気だった。けっこう年配の人がキャンプしているのも、私には意外な光景だった.。尾黒ジカという小型の鹿の親子が森の中を歩いていた。運がよければ海岸でクジラが見える よ、とB&Bのジョンが言ってたが、これはキラー・ホェール、シャチのことらしい。クジラは見なかったが、朝、人気の無いビーバー・ポイントでひとりヨガをしていた女性が居た。ヨガ道場は島でいくつか見かけたが、こんなにピッタリした場所は他にはない。
一番眺めのいい所はマクセル山の頂上で、ここへは車で行ける。朝一番で行ったので見事な眺望も貸切状態。入り組んだ海岸線ととろりとした青い海が一望できた。ただ、このところの晴天続きで舗装されていない登山道はホコリがひどく、車はホコリで真っ白になった。

色々訪ねたビーチの中で、一番印象に残ったのは、桟橋の代わりに丸太が置いてあるだけの小さなビーチ、その名もウオーカー・フック。小さな入り江からヨットが帆を揚げて静かに出航したあとに、色づき始めたカエデの影が海に映ってきらめいていた。息をのむほど美しい、無音の時間。
ヨットの白い帆に魅せられてある日、ヨット観光を申し込んだ。10人くらい乗れる大き目のヨットに、その日の客は私たち二人だけだった。船は島々の間をゆっくり静かに4時間かけてのセーリングをした。真っ白な帆の下に座って青い海の上を行くのは得もいえない快適だったが、その間船長からは何の解説もメッセージも無い。日本で観光バスに乗ると、ガイドは意味も無いことを針小棒大にしてしゃべり続けるのだが、このあごひげのヨットマンは客など眼中に無いみたいに舵を握りつづけていた。
ニ、三交わした会話のひとつ。トイレはありますか、と聞いたら彼はやっと重い口を開いた。”Sure”(もちろん)。指差した甲板の下の急な階段を下りた船室は、小さいながら落ち着いたリビングセットとベッドがあり、その奥にトイレがあった。クラシックな船室と、開放的な甲板との対比がヨットという乗り物の贅沢なのだろうか。ヨットのオーナーになりたがる人の気持ちが少し理解できたような気がした。
島々の向こうに雪を冠った高い山が見えた。 「あれはカナディアンロッキーですか?」と聞いたら意外や、「ワシントンの火山だ」との返事。アメリカはすぐそこだった。
ヨットのセーリングに解説は不要かもしれないが、あの美しい青い海の上で潮風に吹かれながら熱〜いコーヒーを飲みたかったなぁ・・・今でもそう思い返している私には島の住人になる資格はとうてい無さそう。
|
ジョン推薦のホテル、ヘイスティングハウスはガンジス・ハーバーの奥まった所にあった。崖の上のひっそりとした一画に田舎家が数軒固まっていた。
18世紀のイギリスをそのまま持ってきたようなこれらの家々全体がホテルになっていた。 部屋にはそれぞれ暖炉つきで床暖房、大きなバスがあって、このうちのひとつがレストランハウスになっている。島一番の高級ホテルで、私たちには縁がないところだが、庭が美しい。
こんなにさりげない彩りの優しい庭を見るのは初めてだった。ビクトリアのブッチャートガーデンにも圧倒されたが、私はこういう何気ない美しさが好き。
家々の間を抜けてマリーナへ下りる道がある。ヨットのオーナー達は海からこのホテルにやって来る仕掛けらしい。贅沢もいろいろあらあな、と言うことです。
私はこの庭でスケッチさえ出来れば一番の幸せというものだが、何となく気後れして写真だけにした。でもいずれその内、この雰囲気を作品にしてみたいと考えている。
つづく
|