海外旅行ではじめて個人旅行を体験した先はスペイン、友人親娘と3人連れだった。
翌年のニュージーランドへは、夫婦でドライブ旅行をした。
次は一人旅をしてみたい、いつのまにか夢はふくらんできた。
いろいろ考えた末、英会話の勉強に行くことにした。ホームステイなら重い荷物を自分で運ぶ必要もないゆっくり出来るから自分の体調のコントロールもできる
もちろん、あこがれの英会話の実地勉強が出来る。
焦点がきまればあとは実行あるのみ。
会員になっている旅行会社(EEC)の会誌をたよりに行動開始。田舎なれども電話もファックスもある。インターネットの情報も選りどり見どりで、とても参考になった。
旅行社を通じて英国語学留学センターを紹介してもらった。
●2週間の短期であること
●年齢(当時58才)
●障害(リウマチによる関節の機能低下)
等々をクリアして、受け入れてくれる語学校がやっと決まった。'98年の11月、出発1週間前だった。
イギリス南部の海沿いの街、イーストボーンにある英語学校、
ステイ先は語学学校の講師をリタイアしたフィリップス夫妻の家庭。
夫人の趣味はホームキーピング、ガーデニング、料理。私と同じ趣味も多いし、なかなか家庭的な人らしい。
不安はいろいろ
旅行に先立ち、もちろん不安はいろいろあった。
●飛行13時間の孤独と、エコノミーの狭い座席に耐えられるだろうか。
●頼んだ出迎えと行き違ったらどうしよう。
●ホストファミリーとうまくやっていけるだろうか。
●授業についていけるか。10代の学生の中で浮いてしまうだろうか。
●それより何より、だいたいチャンとした学校だろうか。
こんな他愛もないことばかりだったけれど。
■イーストボンヘ■
はじめての海外旅行の時には、耐えられない程ながーく感じた飛行時間も、今回はそんなに苦痛ではなかった。空いてる席に寝ころんで機内映画を楽しむ余裕は、誰はばからぬ一人旅のおかげ。
案じていた出迎えも、すぐわかった。空港内の両替所で、T/Cからポンドに換える。出迎えのタクシーのチップのために小銭も用意する。午後4時,日本ではまだ明るい時間だが、イギリスの冬は南部でさえ、もう薄暗い。私の車は、小さな村をいくつか過ぎ、なだらかな起伏の中の黒い森をいくつか走り抜け、イーストボンの町に着いたのは、とっぷり暮れた6時半頃だった。
■ホストファミリーの家へ■
赤い煉瓦造りの二階建てのテラスハウスが立ち並ぶ古い住宅街のまん中に、フィリップス家はあった。
フィリップス夫妻は2人とも学校の講師をリタイアして、娘2人も独立し、2年前に今の小さな住まいを手に入れた。
100年も前に建った、煙突の付いた古い小さな2階建て、赤い煉瓦造りののテラスハウスで、日本の団地サイズで言えば2LDK。その細長い家を大改造して、狭いけれどとても居心地の良い、英国の伝統がにおうような空間に作り上げている。
夫妻は、とても物静かで暖かい人柄。何気ない思いやりに、私は日本での自分の生活を、内心反省しているばかり。
2階の私の部屋は、淡いブルーで統一されてたインテリア。ブルーの花模様の壁紙、フリフリのレースのカーテン、手作りらしい小物類。小さな洗面台が付いて、まるでプチホテルのようなラブリーな空間だった。
(可愛いプラスティックの補助具がついていた洗面台→)

■クラスメイト■
語学学校は、ステイ先の家から徒歩15分、イーストボンの駅近くにある。建物は古い昔風の建物で、、エレベーターなしの5階建て。道の反対側の建物も教室として使っている。まず最初にペーパーテストと個人面談があり、クラスが決まる。私はもちろん、初級クラス。同時に入学した二人、イタリア人女性と台湾の男の子も、短期入学で同じクラスになった。
クラスメートは10人ほど。たまたま短期の3人が入ったので、1クラスとしては多いほう。
ドイツ系スイス人の女の子2人。スイス人に対して抱いていた私のイメージと違い、そろって陽気で騒がしい。夜な夜なディスコで遊んでいるらしい。
スペインからたった1人で来ている女の子。なまりがひどくて、なかなかクラスになじめないでいる。毎日コレクトコールでスペインのママに電話している。
イエメン、クェートなどのアラビックの男の子3人。
アラビア人を身近に見るのは始めてで、最初はみな同じように見えたが、知り合うほどにそれぞれの個性がわかってきた。
お父さんに奥さんが2人いるという、リッチな男の子。わがまま坊やのように見えるけれど、私のような年配の者にも、結構やさしい。
遅刻ばかりしてる子は、実は夜遅くまで勉強しているせいだった。仕事か学校か悩んでいる船長志望の子もいた。
日本人の若い女の子は上級クラスから当人の希望で、このクラスへ変更してきたばかり。ペーパーテストは強いが、実際の授業についていけないと言うことらしい。
ディレクタールームへ行って、クラス変更を申し出る。別の先生か゛彼女のクラスにやって来て授業の様子を観察、担任と話し合う。「OK、希望を受け入れましょう」その日のうちに返事がある。
この学校では、いろんな事が、こんな手順で実に合理的・能率的に運ばれているように思える。日本での不可解でもったいぶったシステムにうんざりしている私には、実に爽快。
授業中誰かがちょつとややこしい質問をすると、先生はあっさり「あとで」と切る。しかし、授業が終わると、その生徒に必ず返事をしている。「あとで」はちゃんとあるのだ。
台湾からはるばる来たのは、兵役を終えて就職試験を控えているという男の子。やさしくて素直、いつもにこやか。だが、勉強の能率はいまひとつ。イタリア人の脳外科医で、休暇を利用して来ていた小柄な若い女性は、そのキャリアと、たおやかな美貌から、入学そうそう校内の注目の的となっていた。だが3週間の休暇を取って留学してきた動機は、意外にも失恋だと、パブでの私のお別れパーティーで本人から聞いた。
クラスメートの中では一番大人の彼女が26歳で、何とわたしだけが異質の58歳。
クラスの中で浮いてしまわないか、などと考えていたのは、日本を発つ前までで、学校へ入ってからは、違和感を考えているひまも無く、毎日夢中だった。
授業の中身と費用
私が入学したクラス、もっとも一般的なコースの English Plus Course
●平均年齢 18.25 才 ●授業時間 24時間/週 ●授業料 145 ポンド/週
●ホームステイ費用 72ポンド/週
時間割
●09.15〜10.15 授業 10.15〜10.45 コーヒーブレイク
●10.45〜11.45 授業 11.45〜12.00 休憩
●12.00〜13.00 授業 13.00〜14.15 昼食
●14.15〜15.15 授業 15.15〜15.30 休憩
●15.30〜16.30 選択
コーヒーブレイクの始まる10.15から昼食の終わる14.15まで地下のSnack Barが開店する。
温かい飲み物、ドーナツ、サンドイッチ、ピザなどを求めて、狭いSnack Barは学生で一杯になる。お金のない人はセルフサービスでインスタントのコーヒーを飲むコーナーもある。
喫煙する時はSnack Barの隣にある Student Smoking Room にかけ込む。他の場所は全て禁煙。
Snack Bar でのランチは安いが、並ばないとありつけない。好奇心もあって、たいていは街へくりだす。セルフサービスの大衆食堂、パン屋さんの日替わりスープ(ロールパンがついてくる)、パブのスペシャルランチ、中華料理店、ピザ、ファースト・フード等々、いずこも価格は日本と大差ない。
ポリュームがあって安いのは、イギリス名物フィッシュアンドチップス。大きなフィレのフライにフライドポテトがたっぷりついてくる。台湾のAllenは高すぎるといい、イタリアのLuanaはまずいという。
野菜不足をおぎなうために、量り売りのフルーツを買って教室の休憩時間にかじっている子も多い。ナチュラルな味の小ぶりなりんごは、ちょっとかじるのにちょうど良い。
アラブの学生は、アラブ料理店がお好み。やはり手で食べるのだそうだ。一度一緒に行っておけばよかった、と食いしん坊の私は今でも残念に思う。1クラスは5〜10人程度。担任、副担任がいて、授業を分担している。
かたい文法の時間もあるが、他の時間は生徒オール参加型の興味をそそる授業が多い。
Oxfordのテキストに沿って、いろんな教材が用意されている。生徒たちは半ばゲーム感覚で授業にエキサイトする。
しかし宿題は毎日たっぷりあり、小テスト、レポートそして恒例の月末テスト、と遊んでいるようで、シッカリ勉強させられている。
教室が、隣のビルのLearning Center に移動する授業もある。カセットテープ、ビデオテープ、パソコンソフト、そしてそれに合ったテキストが、各レベルや目的別に並んでいる。問題集も豊富。
自分で好きな教材を選んで隣のラボルームへ移動。私はもっぱら発音の学習にいそしむ。
赤いラベルのElementaryレベルのテキストを探す。゛TREE OR THREE"という程度のモノ。
同じナンバーのテープを探して、テープレコーダーのブースへ。ときどき先生が見まわりに来て、機器の説明をしたりしているが、ここではほとんど自主学習といってよい。
Lerning Center は、授業後や休日の一部も生徒に開放されており、真面目なビジネスマンや、大学受験を控えた生徒、目的意識を持つてやってきた日本人たちなどが積極的に利用している。
選択の時間は週2回あり、どの授業に出るのも自由だ。Lerning Centerで自習してもいいし、さっさと帰宅するのも自由らしい。
わたしはいちばん簡単そうな旅行会話の教室でお茶をにごす。クラスの顔ぶれも先生も違うので、慣れないうちに60分が過ぎる。アラブの船員、トルコのコンピューター技師、マダカスカルのシスターetc。ここでは結構アダルトの生徒が多い。
予定の2週間は夢のように過ぎて、最後の登校日。
珍しく早めに学校に出ると、エントランスホールに年配のイギリス女性が立っていて、登校する生徒1人1人に
Good Moring を言っている。校長らしい。
私はいつも滑り込みセーフだから、こんな光景ははじめてだった。校長は初対面の私に突然話しかけてきた。「Tomoko、今日で終わりですね。私の学校はいかがでしたか」
びっくりしたが、何と、すらすらと英語が出て来た。
「私はこの学校でとてもハッピーでした。授業にも大変満足しています」
校長は理解してくれたろうか。それとも教育の悲惨な成果にガッカリしたのだろうか。人格者と聞いている校長はにっこりした。担任のGrayからは、終了証と成績表をもらった。
4段階評価のうち、おおむね2番目のGoodの評価である。担任からのコメント。
「Tomokoは今後は滑らかに話すことを学んでいくべきでしょう。あなたがMistakeをおそれず積極的に授業に参加したことが、この評価となりました」