12月18日
ストローン
 |
タスマニア大横断
朝、ストローンの白砂の海岸を散歩。この海の向こうはなんとアフリカなんだそうだ。朝凪の海が朝日を反射してまるでオパールのようにぬめっと光っている。こんな輝きの海を見るのは後にも先にもこの日だけだろう。この海岸の思い出にと浜辺の白い砂を持って帰った。 帰宅して開いてみたら、意外なことに薄い灰色だった。メーテルリンクの青い鳥の話のように。
←拡大写真
昨日車を置いてきたクイーンズタウンへはストローンからバスで1時間ほど。来るときは列車で4時間かかったのが嘘のようだ。車に再び乗り込んでまたドライブの旅に戻る。そこからしばらくは寂しい森林の中の道。小さなカーブが連続する悪路が続いた。やっと見つけたカフェ兼ガソリンスタンドがオアシスのように思えた。そのままタスマニアを横切るハイウェイをを突っ走って東海岸のポートアーサーまでGO!。
ポートアーサーで昔の監獄跡を探しているうちに岬の先端のキャンプ場に入り込んでいた。仲むつまじそうな男性のカップルが食事の用意をしていた。タスマニアは同性愛者の天国だという話を思い出した。 監獄跡はかなり崩れていて200年しか経っていないのに、まるでローマ時代の遺跡のようだった。ほかに観光客もなく鳥のフンらしいものが足の踏み場もないほど広がっているだけ。かつての獄門島も今は海鳥にとっての天国なのだろう。
今日の宿はまだ決まってなかったので、海の見えるロッジをさがして半島をかけめぐった。なぜか「for sale」の看板が目立ち、「vacancy」と表示しているロッジばかり。よりどり見どりだが、かえって時間がかかった。
やっと飛び込んだロッジは海に面した新しい建物で、1部屋130ドルにしてはなかなか設備も快適。どこかで笑いカワセミが鳴いていると思っているうちになんと私達のキャビンまでやってきた。以前ケアンズで見かけた洗濯物干しがあったので、早速洗濯物を干してみた。これ、一度やって見たかったんだよね。ラッキー!!
white beach holiday villas
←拡大写真
|
(バス) ↓
クィーンズタウン
(車)

↓
ポートアーサー

(ポートアーサー泊)
|
 |
リッチモンド
ホバート近郊にある小さな町。古い建物や教会、橋が集まっている、のどかでおしゃれな街である。ここにも監獄の建物が残されていた。暗い独房や拷問の器具等が展示されていた。小柄なA子さんだけが入場料を取られなかったのは、子供に見られたせいだろう、という話になった。
囚人が作ったというリッチモンド橋の下にもアヒルが沢山居たが、宿泊先のプロスペクトハウスにもヒヨコを従えたアヒルがチョコチョコあるいて居た。この館はリッチモンドでも有数のお屋敷で、私達が泊まったところは屋根続きの別宅。一階に主寝室、二階にダブルベッド1、シングルベッド3つがあり、各部屋にはそれぞれ暖炉がついている大きな家。昔はさぞ、と思われる長いアプローチと広大な庭のある邸宅だった(1830年)。チェリープラムやレモンの木があって実がついていたので、ちょっと失敬。
夜はワインセンターまで歩いて行った。運転で日頃は飲めないH兄も今夜は飲もう、という意気込みである。流石に美味しいワインだったが、初めて食べたタスマニアの生カキの味に驚いた。小粒だがなんともいえぬ深い味わいが、口の中で解けるようにひろがっていく、これぞ「海のミルク」。たくさん残ったハムとチーズは包んで持ち帰って翌朝のおかずになった。ハムの飾りについていたチャイブは翌日のカップラーメンの薬味に役立った。みな戦後の焼け跡派である。
prospect house
←拡大写真
|
12月19日
ポートアーサー
↓
リッチモンド
(リッチモンド泊)
|

12月20日
リッチモンド
↓
ホバート
|
ホバート
ホバートはタスマニア第一の都会である。予めグーグルマップで調べた詳細な地図を用意していたにもかかわらず、予約していたホテルはなかなか見つからない。道路名の表示がはっきりしないし、一方通行の道ばかり。同じところを何度もグルグル回っているうちに車内はだんだん険悪な雰囲気になってきた。こういう時はいったん車から降りて探した方が賢明だったかも知れない。
チェックインしてから町中を歩いているうちにH兄夫婦とはぐれたので、二人だけで湾内クルーズを楽しんだ。ホテルはツインの部屋を別々にとってあった。2週間の旅程を考えるとここらで別室にした方が良いだろう、という私の深慮遠謀?なのだが、思ったほどピンチは訪れなかった。子どものころはよく喧嘩したが、あれから半世紀・・・ふたりともそれなりに成長している、ということだろうか。お互いの伴侶の人柄もあるぞ、と外野からの声もあるが。
ホバート第一夜はシーフードレストラン。クリスマス休暇が始まって、夜の街は賑やかである。路上には何事かと思うくらいの人が集まってくる。飲み物片手に立ったままいつまでもおしゃべりをしている。H兄が言うには、まるでねぐらに集まったすずめのよう。日本では絶対見られない光景だった。
←拡大写真
|
 |
12月21日
市内観光

 |
ホバート二日目。レッドデッカーという乗り降り自由の観光バスを使って、有名なカスケードビール工場と植物園、バッテリーポイントの三か所を廻った。←拡大写真
クラシックで瀟洒な住宅街がたちならぶバッテリーポイントの評判のパン屋さんで、久方ぶりの美味しいカプチーノを飲んでいたら、旅行者だろうか、窓の外のテーブルで熱心に書き物をしている夫人が居た。隣は郵便局だから、絵葉書でも書いているのだろうか。丁度良いアングルだったので写真を撮ってもいいかと、ガラス越しに身振りで尋ねたら、おどけて髪を手で直すしぐさをした。笑顔のすてきな人だった。←拡大写真
タスマニア最後の夜はA子さんのリクエストで炭火焼のタスマニアステーキを食べた。隣のカップルが美味しそうに食べているのと同じものを頼んだ。250グラムのタスマニアビーフをやっと食べ終わって、ふと隣をみると、隣は今度は大皿に山盛りのデサートに取りかかって居た。私達4人の視線に気がついて彼女は教えてくれた。「チェコレートプディングよ」。さすがに今度は真似するのは遠慮した。はんぱでなく太っている女性を時折見かけたが、やっぱりね、と納得。
ホバートで2泊したホテルは落ち着いた調度でアクセスも良く、サービスも良かった。クリスマス休暇が始まって、ロビーは何か華やいだ雰囲気だった。
Hadleys Hotel Hobart
|
12月22日
サタデーマーケット

ホバート
(国内便)
↓
シドニー
|
午前中サラマンカプレイスの土曜市をのぞく。
沢山の出店と人と。賑やかな路上演奏をあちこちでやっている。こういうマーケットが大好きな私は、今度のスケジュールにもちゃんといれておいたのだが、あまりの賑やかさに少々疲れた、というのが本音。トシなんだろうね。ショッピングに注ぐエネルギーが大分減少している。本を売っている店があって、「オーストラリアの動物の描き方」というのを孫たちのために買ったらサインをしてくれた。何と著者自身が売り子をしていた。この旅で初めての雨が降って来たので、ホテル近くの「スタバックス」に駆け込んだら、別行動をしていた兄夫婦もしばらくしてやってきた。「スタバックス」はここでも増殖中?
←拡大写真
空港へ行く途中にある植物園へもう一度寄って、見過ごしていた日本庭園などを観た。園内で輪になって座り込んんでいる人に「何をやってるの?」と聞いたら、「ピクニック!!」と元気な返事がもどってきた。愚問だったね。
ホバート空港へ行く途中ガソリンスタンドを探したがなかなか見つからず、ハーツの返却場所で入れる羽目になった。1リットルあたり100円近くのチャージを取られたが、それ以外は何のトラブルもなく、予算内に収まった。ありがたや。延べ1500kmを一人で運転したH兄に改めて感謝。
乗継ぎ時間の関係で今日でタスマニアを離れシドニーに泊となる。
|
12月23日
シドニー
↓
インチョン
↓
名古屋
 |
シドニーから名古屋へ
シドニーでは空港でもホテルでも迷ったり、遅れそうになったり、小さなトラブルが連続した。2週間過ごしたタスマニアぼけのせいかもしれない。
その日のうちに自宅に帰ったが、世の中は歳末モードで、こちらの切り替えにも多少とまどった。
今から思うと、タスマニアは遙かな別世界であった。我ながらよく行ったものだと思う。同行の3人、留守で迷惑をかけた方々、
そして、この手記を読んでくださったあなた、ありがとう!!
タスマニア紀行の写真はこちらからどうぞ
(スライドショーがお勧めです)
前ページへ
|